終戦記念日 ポツダム宣言を受諾して無条件降伏したのか?

8月15日は終戦記念日です。

熱戦が繰り広げられる高校野球においても、
昼の12時には試合を一時中断し、
戦時中に犠牲になった方を悼み、黙祷が行われます。

社会科の時間を思い出すと、
日本はポツダム宣言を受諾して無条件降伏し、
昭和天皇のラジオ放送によって国民に伝えられた

…と習った気がします。

この記事を書くために、終戦直前の日本で
何が起こっていたのかを調べてみると、
どうやら教科書の内容はちょっと違っていたらしいです。

ここから先の文章は管理人独自の考えが入っていますし、
今の中高生が社会科の時間にどう習っているのか
知らないので、「管理人はこう考えている」と思って
読んでほしいと思います。


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政府は無条件降伏していない?

ネットで検索すると、ポツダム宣言の日本語訳を
読むことができます。

Wikipedia

条文は13条あり、最後の第13条で
「日本政府が全日本軍の無条件降伏を宣言し」
とあります。

つまり、無条件降伏したのは軍隊だったのです。
武装解除しなさい、と。
政府も国民も無条件降伏していません。

条文を読むと、
「ここ(ポツダム宣言)に書いてあることに注文は付けるな!
日本はだまってここの条件に従って負けを認めろ」
という意味に取れます。

さて、ここに「条件」が出てきました。

ここには戦後処理をどう実行するか、が書いてあります。
おおざっぱに言うとこんな感じです。

  • 連合国による占領
  • 領土の限定 (本州、四国、九州、北海道と周辺の島)
  • 軍備の解体
  • 戦争犯罪人の処罰
  • 経済復興と貿易への参加
  • 占領解除のための条件

戦後処理という条件に文句を言うな、という意味では
無条件と言えるかもしれませんが、
「無条件降伏」とは意味が違います。

管理人が中高生だったのは、もう何十年も前ですが、
いままで授業で習った無条件降伏のもつ意味について
何も疑問に感じなかったですね(^^ゞ

管理人はこの場で思想的に何かを主張したいわけではありません。
ただ、戦後処理の方針を決めているポツダム宣言を
学校で詳しく教えてもいいのではないかと思います。

でも、歴史の時間って、たいてい太平洋戦争の終結あたりで
3学期が終わって、時間切れになるんですよね(苦笑

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終戦が決まったのは首相の機転だった!?

ポツダム宣言を最初は黙殺(無視)しました。
そりゃ、黙って負けを認めろだから、
受け入れられるはずありません。

しかし一方で、日本はソ連を仲介して
アメリカとの和平を模索していました。

黙殺していたから、アメリカに原爆投下の口実を与えました。
中立を保っていたソ連が参戦して、
にっちもさっちもいかなくなって
ポツダム宣言を受諾しました

…と、これも学校で習った気がします。

にっちもさっちもいかなくなって、御前会議が開かれて
どうするかを話し合うのですが、
意見は和平と決戦で二分していました。

ここで、昭和天皇の側近でもあった鈴木首相が
天皇に意見を聞いたところ、和平という「聖断」が
なされたことで、和平の結論となりました。
(戦前の日本において、天皇が自分の意見を言うことは
ほとんどありませんでした。)

もし、鈴木首相が昭和天皇に意見を聞かなかったら…?

意見が統一されずにグズグズしている間に
さらに悲惨な状況になって終戦が遅れ、
8月15日が終戦記念日になってなかったかもしれませんね。

津軽海峡に国境線がっ!

終戦が遅れて、その間にソ連の発言力が
強くなってしまったら、北海道をソ連が占領していたかも

…と、言っていたのは、管理人が中学のときの
社会科の先生でした。

そうなると、ドイツや朝鮮半島みたいに分断されて、
津軽海峡が国境線になっていたかもしれません。

これは先生の空想の話ですが、
8月15日が終戦記念日になったのは、
その後の日本の国作りに絶妙なタイミングだったのでは、
と思う管理人でした。

まとめ

教科書に書いてあるからという理由で
何も考えずに受験勉強のために記憶だけしてオシマイ、
ということが少なくありません。

残暑厳しい夏、終戦記念日の持つ意味について
考えてみてはいかがでしょか?


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